にじのかけらができるまで 前編

「あめのゆみ」Rainbow projectの活動の一つとして、竹炭を製作しています♪

名付けて「にじのかけら」

竹は古から、「神様」の宿り木でした。「神様」がいるかどうかはわかりませんが、「天」には何かの意志がありボク達はそれを体現するために生かして頂いている存在。だから「竹」にとてもシンパシーを感じるのかもしれません。

その竹林も、ただそのまま放置されていては、繁殖力が災いしてたちまち暗く鬱蒼とした場となり、環境によっては不法投棄のゴミなどが集積する闇の場所になってしまいます。

が、人の手を加えて光を通せば、柔らかい光と風の音が美しい、静かで安らげる場所になるのです。やはり人が暮らす以上、豊かで美しい生態系を維持していくには人の愛情が欠かせないということですね♪

今は田んぼの周りの斜面を覆いつくした竹を伐採しています。

斜面に登りながら、1本1本切り出して、細い枝を切り落としていくのですが、15メートルもの長いものになると100キロ以上の重さになってかなりの重労働!

女性陣も大活躍です♪

竹林を整備し、腐った竹の瓦礫を取り除いたら…

なんと!!!

竹林の奥の岩肌から古墳が!

いや〜さすがに歴史のある土地です♪

この付近は「横穴古墳」が点在している地域。

おそらくこれも5世紀〜6世紀頃に作られたものでしょう・・

時間を超えて、古代と現代の次元が重なりあったような、不思議な感覚。

ここの竹で竹炭が作れるなんて♪

窯に入るサイズにカットして、ひとまず自宅へ持ち帰ります。

家の庭で節ごとに切って、4つに割り、一つ一つ丁寧に水洗いして、朝陽にあてて乾かします

なんだか神々しい雰囲気でしょ〜♪ 全部で200本あまり。

週末に窯入れして、来週半ばに焼き上がりです。窯に入れて周りを土で固めれば、後の出来具合はその時々の自然条件によって、まさに神のみぞ知る!楽しみです♪

ということで、「にじのかけら」ができるまで、後編はまた来週〜♪

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熊本 期待のともしび♪

ここ数日、急に寒くなって、木々の紅葉が進みました♪ 熊本では白川や菊池川の土手に櫨(ハゼ)並木が美しく色づいてます。

この櫨の木、実がロウソクの原料になると聞いていたのですが、その由来を昨晩あらためて知りビックリ! なんと、あの大石内蔵助さんが関係していたのです!

「熊本の櫨の木には赤穂義士にまつわるお話が残っています。元禄15年(1702年)12月14日、見事、主君の仇を討った播州赤穂浪士47名は、その後、細川、松平、毛利、水野の四家にお預けの身となりました。その中の一つ肥後藩細川家の江戸屋敷には大石内蔵助以下17名がお預けとなりました。切腹を命じられるまでのおよそ50日間、細川家では赤穂浪士たちを厚くもてなしました。大石内蔵助はとても感激したそうで切腹を前に何か恩返しはできないものかと考え、当時財政が困窮していた細川藩に薩摩で習った櫨の栽培法と精ろう法を伝えました。時の細川藩主綱利公は、早速櫨の苗木を取り寄せ藩内各地に植栽するよう命じました。そのおかげで、櫨ろうそくは細川藩の専売事業となり財政を潤しました。以来およそ300年、各地の櫨並木は春は新緑、秋は紅葉と肥後に季節を知らせる名所になりました。」(熊本雑学事典より)

東京での住まいは旧細川邸の近くにあったこともあり、毎年2月には泉岳寺にお参りに行っていたのです。ちょうど去年の今頃は「元禄赤穂事件」の本質に迫る重要な本を読んで、大石内蔵助という人の懐の深さに深く打たれ、熊本の誇る銘菓「陣太鼓」をたくさん食べていたのでした(笑)

大石さんが、遺言で残した櫨の木ロウソク! これは継承しなくてはいけない文化に違いない! どこか和ろうそくの作り方を教えてくれるところはないかなぁ・・と思っていたら、ありました♪ まさに今日、地元で「ハゼまつり」が開かれていて、そこで和ろうそくづくり体験コーナーがあったのです♪

ハゼ祭りは紅葉を見ながら散歩がてらに来てください・・という趣向だったのですが、今日は朝から大ぶりの雨。そのために、場所を近くの青果市場に移してこじんまりと賑わっていました。

初対面のハゼの実は、思ってたよりも小さな実で、これからロウソクを作る・・とは、あまり想像がつきません。でもこの実の中にあるもっと細かい繊維の部分を取り出して膨大に集めたものを加熱圧縮してロウを作っていくのだそうですから、これは大変な作業です。

体験コーナーを指導してくれた方々も、一度はチャレンジしたものの手作業でやるには限界があり、今回は業者さんに発注してロウを作ってもらったそうです。

ロウソクの型はイチョウの木で作られた特性の品。イチョウの木は硬質で水分を吸わないので型には最適なのだとか。

和紙を紙縒り(こより)にして、い草を巻きつけたものを芯にします。

型に芯を入れて、そこに溶かしたロウを流し入れ・・

待つこと、15分、そっと型をはずすと、ハゼろうそくの出来上がり♪

ハゼロウソクは、殿様や武家など身分の高い裕福な人にしか手に入らなかった高級品だそうです。石油から作られる今日のロウソクとは違い、煙が少なくすすが出ないというのが長所です♪

出来上がっってから2〜3日は寝かせる必要があるので、まだ火を灯すところまではお見せできませんが、温かくゆらめく優しい灯が想像されます♪

自分の死を目前にしてまでもなお恩を忘れず肥後藩のためにと知恵を授けてくれた大石内蔵助さんの遺言、自然の恩恵を活かした、この精神と文化を後世に伝えていくことの大切さを改めて実感した次第。

熊本にはこうした歴史と文化が数多く残っているのですよ♪

その熊本を九州の州都にしようと、いよいよこの人が動き出しました。3.11直後に熊本へ疎開していた時に「逆境の中にこそ夢がある」を読み、自立した九州を作りだそうというその志に共感していました。これからが本気の見せ所。わくわくしますね♪

日本の復興を担う期待のともしび 熊本。

小さくとも強く温かい「火の国」の魂を取り戻そう♪

ありがとうございます♪

またまた行かせて頂きました〜八千代座♪

「坂東玉三郎シアターコンサート」

今回は仲間と3人で行ってきました♪

予約をしておらず、電話で当日券を問い合わせたところ「2枚しか残ってない」と言われ、半ば諦めかけたのですが・・・ドライブがてら行ってみよう!と出かけてきました。クルマで40分ですからね♪ あぁ熊本に住んでいて良かった〜

時おり強い雨が降る中、当日券売り場で待つこと1時間!開演ギリギリになって、チケットを手にすることができました♪しかも、会場で席に案内されてみると、なんと、念願のマス席!!!同じ升の中にはすでに数名のおば様方が座っていらっしゃって、そこに後からボクが入って急に狭くなってしまった様子でしたが・・何とか座れました(苦笑)。

ピアノ、ヴァイオリン、クラリネット、ベース、ギター、サックス、ドラムの演奏家さんが並ぶ舞台に、パール地の白いスーツ姿の玉三郎さんが登場♪1曲目の「Killing me softly」は少しずつ解きほぐしながら今日の場の空気を作っていこうとする様子が伺えました。「皆さんの前で歌うのは緊張するのです」とおっしゃりながら、それを隠すこともなく素直に出される玉三郎さんが、まるで初々しい青年のようで!とても暖かい人間味を感じました。

ジャズ、ミュージカル、シャンソン、ボサノバ・・・スタンダードナンバーばかり盛りだくさんのレパートリーを、すべて美しい日本語に置き換えてのちょっとない企画です。

もちろん玉三郎さんならでは、歌詞の言葉一つひとつを丁寧に、真摯に歌われていて、言葉の意味がしっかりと届いてきます。自身が今回のために特別に訳詞されたものもあり、日本語を大切に扱っていらっしゃる思いが伝わってきます。

2部の初めが「オーバー・ザ・レインボウ」・・・”あめのゆみ project”となった今、「虹」は特別な意味があるので、しっかりと思いを噛みしめながら聞かせて頂きました♪

ところで玉三郎さんが女形としてではなく歌を歌われるきっかけとなったのが、「安全地帯」のファンだった玉三郎さんが数年前にテレビ番組で玉置浩二さんと共演して歌われたことだったそうで、そのご縁で、今日は特別に玉置浩二さんが舞台に登場して数曲をデュエットされました。

舞台上で玉置さんが歌いだすと、玉三郎さんは拍手の音を制して静かに歌声に耳を傾けて聞き入っていて、無邪気な喜びが素直に伝わってきました。

そしてアンコールには、熱い願いのこもった「What a Wonderful World」

3.11以降、すっかり変わってしまった世界・・・それでも世界はなんと素晴らしいことか! 最後にとても大切なメッセージを頂きました。

玉三郎さんのお人柄が現れたゆったりとした優しい空気が会場を包み込んで、そこに居るだけで幸せを感じる贅沢なひととき。

そして最後には客席との記念撮影♪

皆が映るようにと玉三郎さん自らが客席の人たちに声をかけて場所を少し移動したりして、正面、上手、下手と撮影〜♪最後の最後まで観客を喜ばせようとする細やかな思いやりには本当に頭が下がります。

歌舞伎界の「顔」とも言える「坂東玉三郎」さんの「素顔」は、素直で純真で、謙虚で、感謝にあふれていて・・・人間としての奥深さを垣間見たようでした。

熊本にいなければこうして八千代座で何度も玉三郎さんのステージを拝見する機会もなかったかと思うと・・・

このご縁を頂けたことに感謝します。心より、ありがとうございます。

慮る

タイトルの漢字、読めますか??

最近、あまり見かけなくなった表現ですが、「おもんばかる」と読みます。

意味は、「よくよく考える。考えはかる。思い巡らす」。

宗の時代の古典に「事を慮ること深遠なればすなわち迂に近し」という言葉があります。

「迂」とは本来、「遠回り」の意ですが、そこからまだるっこいとか非現実という意味が生まれました。

念には念を入れて慎重に対処すればするほど「迂」に近くなるということです。

これは決して否定的なことではありません。

「言葉」の重みを知る人は、それが影響を与えるであろう人々や将来のことを全方位的に深く深く考えた上で、慎重に言葉を選んで発言をしていらっしゃいます。

しかしそれを受け取っている聞き手の側は、その言葉の重みを感じ、言葉の空白を読み、その後ろにあるものを感じ取っているでしょうか?または、その立場を思いやっているでしょうか?

最近では、多くの「言葉」が直接の会話ではなく、ブログやメールで交わされています。

「言葉」を文字にした時、それはただの「記号」に変わり「情報」としてひとり歩きを始めます。「言葉」の音色や息づかいが消え、無味乾燥になった状態をボクたちは目にしているのです。

ボクたちはそのことをよくわきまえて、もっともっと思慮深くならなくては!

「何を言ったか」だけでなく、その人がこれまでに「何をしたか」「何を実践しているか」を知り、それらをふまえて言外の深遠な部分を感じ取ることが重要ですよ♪

ぜひ観て頂きたいDVDがあります。

マーティン・スコセッシ監督、メリッサ・マシスン脚本の 「クンドゥン」

あの温かい笑顔の背景にある歴史や多くの人々の苦難を少し知ることができます。

そして、その苦難は今なお続いていることを、ボクたちは忘れてはいけない。

「愛、ゆるし、思いやりにより、私たちはさらなる希望と決意を手にし、より明るい
未来に向かって進むことができます。怒りや憎しみに負けてしまえば、道に迷い、苦
痛に満ちた人生を送ることになってしまいます。」(『ゆるす言葉』ダライ・ラマ14世)

心を一つに。

山鹿市にある「八千代座」で行われた「坂東玉三郎特別舞踊公演」に出かけてきました♪

実は玉三郎さんの舞台を拝見するのは、今年の元旦に続いて二度目。

元旦の観劇のあと、奥さんから11月にある熊本の八千代座公演の話を聞いたボクは、「いいねぇ行きたいね〜でも遠いよね〜」と言っていたのでした・・その数カ月後に自分が熊本に移住しているなどと夢にも思わず・・。

でも今こうして天のめぐり合わせで、山鹿市の隣町に住むこととなり、八千代座の舞台を拝見する機会を得たのですから・・有難い♪

八千代座は、今年100周年を迎える、江戸時代の雰囲気を残した趣きのある芝居小屋で、国の重要文化財にも指定されています。

今回は、公演前の撮影も禁止ということで、内部の写真はありませんが、ここの1階席は「升席」といって、平土間がマス目のように区切られていて、その中に座布団を敷いて坐るのです。自分の席に行くときは、縦横に組まれた、まるで平均台のような木の上を歩いて移動します。昔の映画で見たことはあっても、実際に目にしたのは初めてでした。今回ボクは全体が見渡せる上の階の座席にいたのですが、下をのぞいて、意外に小さいその升に5人も座っていらっしゃるのを見て、ボクには無理だなぁ・・二人分必要だ・・と思ってしまいました。(でもなんといっても舞台と客席の距離が近いですからね、いつかは座ってみたいものです。)

劇場客席の天井には昔ながらの広告絵看板が描かれ、周囲を赤い提灯が彩り、舞台には鮮やかな定式幕が♪

「舞台に立つだけで、江戸時代に飛翔するような気持ちになる。魂までもが日本的なるものにどっぷりと浸かれる」のだと玉三郎さんがおっしゃるように、ここでしか味わえない儚く眩い時が流れているのです♪

そして、劇場で迎えてくださる八千代座のボランティアスタッフの方の細やかなおもてなしの心が本当に暖かい!深い愛情が小屋全体に行き渡っていて居心地の良い空間でした。これも常にお客様に楽しんで頂くことに心身を砕かれる玉三郎さんが20年もの歳月を山鹿に通われた中で培われてきたものなのでしょう。

今回は客席に制服姿の学生さんが多くいらっしゃっていました。なんと、期間中、協賛企業の企画で山鹿市内全ての中高校生約千人が観劇するそうです!

素晴らしい!!

感性の豊かな子どものうちに「本物」を生で観るという体験は何事にも代えがたい財産となることでしょう。

山鹿市の中高生は恵まれてるなぁ〜♪

さて、肝心の演目は、新作舞踊「春夏秋冬」。

21年目という新しい年回りにあたり、この八千代座公演のために作られた作品で、日本の四季の風情が散りばめられた美しいものでした。これからご覧になる方もいらっしゃるでしょうから、多くは書きません。

後半、地元とのつながりを持ったものを、とのことから、山鹿灯籠踊りが組み込まれ、地元の方々も玉三郎さんと一緒に舞台に立たれました。

玉三郎さんが「よへほ節」を舞う中、舞台の両袖から60人の踊り手が出てくると、客席の一人ひとりにプレゼントされた「灯籠」ペンライトにも灯がともります。「よへほ〜よへほ〜」という柔らかな音色は祈りのようでもあり、心一つに、劇場全体が光で満たされました。

たとえ一人ひとりの灯が小さく頼りないものであっても、それを灯し続け、その輪が繋がり広がればこの世は光で満たされる。

3.11以後様々な形で被災地を支援し、「今年は、自分の生活費以外は、利益のない年にしようと考えました」という言葉どおりに常に被災者の心に寄り添おうと生きていらっしゃる玉三郎さん、その姿をこうして拝見できたことを感謝します。

そして、この目に焼き付いたその姿を忘れずに、日々の暮らしの中で自らも光とならんことを誓います。

心を一つに。