仮り払いの日々・・・でなく 刈り払いの日々♪

夏らしからぬ、かなり怪しい格好ですが、今朝の草刈り作業のコスチューム。

阿蘇山に多くの爪痕を残した歴史的な豪雨が続いた後は、容赦ない直射日光の日々・・・よその作業で汗と泥にまみれているあいだに、自ら管理すべき田畑では雑草が驚くほどの急成長を遂げていて、ボクたちの畦(あぜ)畝(うね)はもはやヒラクチ(マムシ)がそこここに潜んでいてもおかしくない程度に歩くのもためらわれる茂りっぷり!

そこで登場願ったのがエンジン式刈払機。もう鎌なんぞではとても間に合わない。

刈払機は金属盤の丸ノコが先端に着いているのが主流だけれど、今回使用するのはナイロン製のヒモがちょろっと二本だけ出ているナイロンカッター

え? こんなんで草刈りができるの?

通常は金属盤の丸ノコで、ウィーンと金属音を立てながら鋭い刃でスパッと草を切っていく感覚ですが・・・

このナイロンカッターは、ひゅんと空を切るムチの原理で強度な遠心力を使って草木を打ち砕いていく感覚。これが思う以上に凄まじい破壊力で、仕事は丸ノコの倍以上早い。しかも刈った後は草の繊維が破壊されているので再生に時間がかかるらしく、一度刈ればしばらくは長持ちする。

ブ〜〜〜ンと低い唸りをあげながら草を刈っていくとバッタや蛙などの小さな生き物たちがピヨンピョン大移動を始める(御免よ)。

しかしながら、草の繊維を打ち砕いていくので、緑の粉末が飛び散り、全身に浴びせられることになる。したがってトップ画像のような出で立ちになるわけである。たまに小石なども叩きつけるように飛んでくるのでゴーグルはもちろん、防護マスクや厚手のエプロンなしでは作業的に危険きわまりない。

また、かなり強力なエンジンを使っているので振動を和らげるグローブも使用。

雨期は汗と泥でまみれる毎日だったが、最近はこれに緑の繊維が加わった(洗濯が大変!)。

暑い気候に配慮して早朝と夕方の2時間ずつの作業、あと1日で終われるか・・・

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災害ボランディアで「がまだす」?  追加情報あり(26日)

24日、阿蘇災害救援ボランティアに行ってまいりました。

熊本県ボランティアセンター(熊本県社会福祉協議会)の呼びかけで実現した大型バスによる3日間(24〜26日)の被災地支援。初日は45人乗りの観光バス2台に別れて74名が参加。

朝7時(!)からの受付開始で7時半の出発にじゅうぶん間に合うよう到着すると、なんと女性の参加者が多いことに驚かされた。実際、この日は女性40名、男性34名で女性の方が多かった(翌日も女性40名、男性31名で女性が多かったとの報告)。

世代も様々だったが、20代が最も多い印象で、高校生の参加も10名程あったように認識。ボクの世代でもある40〜50代の参加が最も少なかったが、平日なので仕方がないのか(中には会社を休んで来た人も)。

中には大阪からこのために駆けつけてくれた有り難い青年(?)もいらした。聞くと、つい1ヶ月前に熊本を訪れたばかりだったのに、そこが被災しているのを黙って見ていられなかったという。その思いと行動力には本当に敬服いたします。

行きのバス内で確認すると、参加者のほとんどが災害ボランティア初参加ということがわかった。今回が二回目、三回目、という人は若干名。ボク自身も今回の水害で初めてボランティア活動に参加し、熊本市植木町(農村地域)と龍田地区(住宅地)での活動に続いて三回目になる初心者だ。傾向として、男性は一人での参加が多く、女性は2人組、高校生は3人程度のグループ参加が目立ったように思う。

救援内容は他のすべての地区同様、家屋内や敷地に黒く堆積した泥の撤去と、廃品となった家具や電化製品の運び出し作業。泥は土嚢(どのう)袋に詰め、まとまった箇所に積み上げるか、または一輪車で指定の敷地まで運び、ブルドーザーでまとめて回収してもらう。
今回は黒川の氾濫で床上浸水した内牧(うちのまき)の町営住宅地一帯での作業。150cmの高さまで浸水した跡がどこの住宅の壁にもくっきりと残っていた。

ここは高齢者の住人が多く、床下の泥出し作業などとても住人だけではできない。
住人がそれぞれに必要な救援内容を区長さんに届け、それを取りまとめた区長さんからボランティアセンターへ活動要請が出される。

ボランティアはその場で4〜5人単位でグループをつくり、各住居に配備され、住人の要請に対応するかたちで動く。即席のグループだがリーダーが決まるとかなり機能的に動き出すから面白い。当然ここには利害関係はなく、ただ現場で最前を尽くす、という意識だけが共有されているので、あとはひとり一人の体力や持久力が無理なく活かせるよう配慮し合えれば(見た目である程度わかる)、見知らぬ者どうしでも効率よくことが運ぶ。

チームワークの基礎を体験するにも、このような短期的救援活動は若い人に限らず、非常に良い機会だと思う。

ところで、被災地はまだまだ深刻な状況にあり、多くの住民がしばらくは大変な生活を強いられることになるでしょう。災害ボランティアはまだまだ必要とされています。マスコミの報道が減ったからといって災害支援の必要性がなくなったわけではありません。残念ながら熊本市内からの「火の国ボランティアバス」の運行は3回で終了しますが、各地区の災害ボランティアセンターに問い合わせて直接動くことは可能です。

熊本市災害ボランティアセンター

阿蘇市災害ボランティアセンター

菊池市災害ボランティアセンター

24日は、神奈川県からバイクによるツーリングで阿蘇入りしていた方が、今回のボランティア活動をたまたま泊まっていた旅館で聞いて駆けつけてくれました。

泥まみれになって泥をかき出したり、運んだり、客観的に考えるとかなりきつい部類に入る労働です。夏ですからさらに汗まみれになります。泥に埋もれた住居や町を見るのもつらいです。しかし、現地に行けば確実に感じるパワーがあります。

一言でいえば「復興への生命力」です。この生命力を絶やさないよう地元の住人を後押し、さらに生命力を注ぐこと、それが災害ボランティアの役割なのかな、と今回、感じました。

どうです? 終了後のこの充実した笑顔♪

ちなみに「がまだす」は「がんばる」の熊本弁です。

「がんばりだす」がなまって「がまだす」になったのでしょうか。

泥をかき出してもガマガエルは出てきません(汗)

*追加情報!

緊急企画で8月1〜10日のあいだ毎日運行で「阿蘇災害救援ボランティア活動バスツアー」 が立ち上がりました。 7:00出発~17:50解散 弁当・温泉付き で参加費は2,000円。毎日の定員は40名。TKUヒューマンと熊本リビング新聞社の共同企画だそうです。おそらく「火の国ボランティアバス」と同じスケジュールだと思われます。

詳しくはコチラ

あえて報告しませんでしたが、ボランティア活動後に入った温泉は最高でした!

田んぼカフェで畑カレーはいかが?

この数週間、試行錯誤がつづいているカレーライスの試作品がようやくお目見え♪

名付けて・・・「畑(はたけ)カレー

クミンやターメリック、コリアンダーなどのスパイスからベースをつくり、季節に応じた旬の野菜をたっぷりつかったベジタリアンカレー。しかもこの夏は、冷やして美味しい冷製カレーというちょっと変わったアプローチで行きます。

ライスも工夫してクミンシードとゴボウの炊き込みご飯(半分玄米)。

先週末から田んぼカフェで密かにお披露目、今週末からランチメニューとして試験販売♪

カレーライス単品で600円、炒れたてのコーヒーとのセットで800円は田舎価格♪

テイクアウトももちろん可♪

美味しいよ〜〜♬

 

 

 

米作りに学ぶこと♪

いま、初めての米作りをさせて頂いている。昨年は田植えや稲刈りの手伝いをさせて頂いたが、今年は場所の選定にはじまって田んぼの準備からほぼすべて自分たちでやってみようということになった。

中心はTANBOcafeの女性2人とボクと男性もう一人。いずれも3.11以降の東京からの移住者で、農業ドシロウト組(汗)。しかもかなり奥まった山あいにある3.5反もの棚田(5枚)で、十数年におよぶ耕作放棄地。女性陣が散歩の過程で見つけてきたひっそりとした聖地のような場所だが、いきなりハードルの高いチャレンジだった。

お世話になっている地元の方の仲介で快く3人の所有者の了解を取り付け、準備を開始したのが3月の半ばから。

何せ十数年におよぶ不耕起の土地なので全体にはびこる枯れ草(主に葦)を集めて燃やすことからスタート。もともと水気の多い土地で、場所によってはくるぶしまでぬかるんで歩くのが困難を極めた。

さらに大変だったのが水路の確保。米作りでも重要なのが水の管理。新鮮な水を一面に張り、給水・排水が自在に管理できなければならない。ここでは山から天然の湧き水が流れてくる沢をそのまま活用できる、かなり恵まれた環境にある。しかしながら長年の不使用によって水路のほぼすべてが土砂で埋まってしまっていた(汗)。

しかも水の取り入れ口が300mも上流の沢からであることが判明。田んぼの脇を蛇行しながらおそらく400mは土砂を掘り出していかなければならないし、幅30cmの水路の途中々々には鬱蒼とした草木が覆いかぶさり、これら全ても切り開いていかなくてはならない(大汗)。カマとクワとシャベルがすっかり馴染みの道具になった。

なお悪いことに、この時期はボクの事情があって男手は週末しか手伝えず、6月の田植えまでのスケジュールを考えると、平日に女性陣にがんばってもらわねばならず、竹のバリケード製作につづいてますます肉体労働者たる資質に磨きがかけられていった。

約1ヶ月におよぶ土木手作業の末にすべての水路が開通した喜びも束の間、新たな問題が発生。沢の水の取り入れ口が水位よりも40cmほど高い位置にあったのだ。以前、この沢には常に豊かな水があふれ、この高さで十分だった。しかし、1o年以上前に始まった九州新幹線のトンネル工事にともなって、このあたりの山々の水脈が乱れ、水量が一気に減ったのだった。耕作放棄されたのにはこうした事情もあったに違いない。

もっとも、高齢の土地の所有者は「がんばれば今でも米は作れる」と断言してくれたのだった。水量は減っても水は確実に流れてくる。給水口のちょっと先に十分な高さの堰(ダム)をつくって給水口まで水が溜まるようにすればよい・・・言うのは簡単だが、結果的に自分たちで100個の土嚢(どのう)を用意し、また沢に転がる岩を有効に活用して、様々な試練を経て(苦笑)いまでは水量や流れに応じて自在に堰をつくれるようになった(自慢)。

堰を積み上げ、田植えを数日後に控えたある日、それまで日照り続きだったので、昨年見た地域の伝統保存会による”雨乞い踊り”を思い出して冗談半分でやってみたら、翌日に大雨が降った(笑)。

おかげで水位が充分に上がり、水路には水が流れ、5枚の田んぼは一挙に水で満たされた。こうして完璧なタイミングで田植えができた。

ところがここにきて新たな問題が発生!

度重なる大雨によって沢の水が急増したのはよかったが、濁流となった水は山から大量の土砂も運んできていた。堰は無惨にも決壊しており、沢の底は大量の土砂で埋め尽くされていた。しかし水量は充分であるにもかかわらず、水路には水が流れていない・・・なんと給水管のなかに土砂が侵入し、すっかり詰まってしまったのだった。

この給水管は軽トラ一台が通る道路の下を斜めに突っ切って、反対側の水路につながっている。長さはおそらく4m。近くにあった竹の棒で中を突くと2mも行かないところに土砂の壁の手応えを感じる。沢の幅はおよそ1.5m程度なので斜めから細めのしなやかな竹であれば3mの棒で突くことが可能だ。

太い方を先端にして何度も突くが、いっこうに埒があかない。30分程格闘したが体力が尽きて、方法を改めることにした。ここしばらくは雨続きなので田んぼの水は心配なかった。しかし数日晴天がつづくようになると水は干上がってしまうだろう。それまでになんとか解決して水を通さなくてはならない。

こうして鹿児島県知事選を迎えた7月8日、その投票結果に意気消沈して、知人に電話報告した。そしてなぜか同じ電話で憂鬱な給水口の案件についても報告した。すると予期せぬ素晴らしい答えが返ってきた。

「太い方で突いてはいけないな。それだとかえって圧力を与えて土砂を固くしてしまうことになるね。一番いいのは細くて固い鉄の棒だけど、なければ竹でも細い方の先端を尖らせて何度でも突けば、次第に小さな穴が土砂をほぐしてついには水と一緒になって崩すことになる。いま君が経験していることは、ちゃんと意味があってこのタイミングで起こっているんじゃないかな」

なるほど! 

これは脱原発をめぐる社会状況とその取り組み方そのものではないか!

翌日、ボクは志しをもって給水口に向かった(笑)

細い竹の先端を竹槍のごとく尖らせ、鉄の意志をもって何度も何度も何度も突いた。堰を新たに作って大量の水も浸透させ、懸念していた土砂は打ち砕かれ、あっけなく水は水路に満ちた。

有り難う♪

本日投票日!鹿児島県知事選に意識を〜

7月1日川内原発前にて(福岡在住のアクティビスト原豊典氏)

先週、鹿児島に知事候補・向原よしたか氏の応援に行った帰り、川内(せんだい)原発を見てきました。そこで気がついたのは、立地的に原発の存在を直接見ることができない、という環境の意味についてでした。

ボクらは鹿児島市でたまたま知り合ったアクティビストの方に詳細な地形地図のコピーを頂き、原発を唯一目視できる海岸への道のりを教えて頂きました。もっとも、原子力発電所展示館から見えるらしいのですが、わざわざPRのための施設に入るつもりはありません(笑)。

一般道をそれて林の中の道を1kmほど入り、クルマを駐車してさらに500mほど森の小道を抜けてようやく海岸に出ました(教えてもらわなければたどり着けません)。

海岸への入り口にはこんな看板が! 貴重植物の移植作業って気になりますね。

しかも海岸に出るといきなり・・・

この海岸には原発停止前には何頭ものサメやウミガメの死骸がうち上げられていたそうですが、そんなところで???

かまぼこ板には卵を埋めた日付が記されています。最新は6月29日でした。

そして・・・

福岡市議・荒木龍昇氏と福岡アクティビストの面々。

海には巡視艇が停泊。

話によるとボクらの動向もちゃんと見られているそうです。だからあえて「NO原発』のTシャツを着ての抗議! さすがアクティビストの重鎮です。

ところで、この原発のある薩摩川内市を通ったときに、”すっかりさびれてしまった街” という印象が強く残りました。いわゆる原発交付金で建てられたような立派な施設や建物が皆無だったのです。もしかしたら原発の様に奥まったところにあるのかもしれませんが、やはり原発による恩恵を直接見ることができない、すなわち実感することができない環境であることが感じられました。原発の存在もその恩恵も日常的に可視化されていないのです。

一般に鹿児島の人たちが今回の知事選に熱くなっていない事情の一つに、以上のような理由から原発立地県であるというそもそもの自覚がないのではないか、という勝手な憶測が実際に行ってみたことで生まれたのでここでシェアさせていただきます。

いずれにしても、知事選は今日が投票日!

他県からも意識を向けて、知人や親類がいる人は投票率を上げるべく電話連絡をしましょう♪

被災者に思いを馳せて

今日は七夕ですね♪

短冊には通常、願いごとを書きますが、願いごとにもいろいろあります。

少しでも幸せになれたら、とそれぞれの現状から個人的なささやかなお願いごとを綴るのが常かもしれません。

しかし、個人的な願いごとはあっても実は ”個人的な幸せ” というものは存在しません。社会意識の形成という観点からも、このことは現代社会の意外な落とし穴となっているのではないでしょうか。

”国民総幸福量”を国策の指針に掲げるブータンでは、「あなたにとって幸せとは何ですか」と聞かれると、たとえば経済的に貧しい農民であっても「周りのみんなが元気で笑顔が絶えないこと」と当たり前のように答えます(ドキュメンタリー映画祭で観て感慨深かったのを覚えています ヒマラヤ国際映画祭TOKYO2010)。

日本はいま、間違いなく”国民総幸福量”が下がっています。それは震災があって経済的にまだ立ち直れていないからではありません。私たちひとり一人に、みんなの幸せを願うという、当たり前の意識が足りなくなっているのではないでしょうか? 被災地ではいまだに多くの人々が苦しい生活を強いられています。この事実を少しでも想像する事ができたなら、原発再稼働を見過ごすことができるでしょうか?

東京の首相官邸前では、このところ毎週金曜日に10万人以上の人々が「再稼働反対!」と抗議の声を上げて集まっています。ボクは100万人くらい集まっていいと本気で思っています。全国からも1000万人以上が声を上げるべきでしょう。

そのためにも、今日、できたら被災地に心静かに思いを馳せて、短冊に個人的ではない願い事を書いてみませんか♪

鹿児島が変われば日本が変わる♪

6月30日〜7月1日、鹿児島知事選に民間から立った向原よしたか氏の応援に行ってきました。

鹿児島は明治時代の西南戦争で官軍に負けて以来、なんと今日に至るまで県のトップは官僚の天下りが続いているそうです(驚)。

西南戦争といえば最後の激戦となった熊本の田原坂(たばるざか)の戦いが知られていますが、その直前に繰り広げられた高瀬(玉名)の戦いが、実は勝敗を決する大きな転機となったと、最近になって研究者から聞いたばかり。135年つづく鹿児島の官僚支配にボクの地元も歴史的に大きく関わっているとなるとこれもご縁、なんとか歴史のねじれを元に戻したい、と微力ながら選挙事務所のお手伝いをしてきた次第。

今回の知事選は「脱原発」が争点になっていることから、「原発」県民投票ともいえる側面が強く、脱原発を指向する全国民的関心事になっている重要な選挙でもあります。なにしろ原発立地県の知事が脱原発宣言をしたら、再稼働問題で揺れる全国にその姿勢は計り知れない影響を及ぼすこと間違い無し。

さぞや鹿児島は盛り上がっているだろうと、現地入りすると・・・・さにあらず(汗)。1週間後に投票日を控えた街の空気とは到底思えない雰囲気。いったいどうなってるの?

どうやら現職の元官僚知事は、繰り返し申し込まれた向原氏との公開討論にはいっさい応じず、選挙期間は目立たないようほとんど引き蘢ったままらしい。実際、向原氏がまるで”独り相撲”をとっているような印象が街を支配している。もともと投票率の低い現状で県民の関心を目覚めさせないようネガティブキャンペーンを張り、組織票のみで乗り切ってしまおうという姑息な戦略が透けて見える。なんと愚かな権力者だろう、とはっきり言うぞ。しかし、その戦略にまんまと乗ってしまっている県民も腹立たしい!

1000人集会と銘打って行われた鹿児島中央駅広場で行われた集会には湯川れい子さんはじめ、徳川宗家18代党首も応援に駆けつけたが、会場を埋めたのはわずかに400人強。その中には福岡や佐賀、宮崎、熊本からの知った顔がちらほら・・・

いったい鹿児島県人はどぎゃんなっとっとですか??

薩摩魂はどぎゃんなっとっとですか??

翌朝は早くから選挙事務所入りし、チラシ折を手伝い、さらに投票日前の最後の日曜日ということで向原氏の街宣に付き添い、住宅地での演説に際してチラシのポスティングに駆けずり回った。

ボクが同行したのは福岡のアクティビスト達3人でいずれも団塊の世代(60代半ば)。向原氏によるわずか5分間の演説のあいだに団地や住宅にできるだけ多くのチラシをポスティングしようとみんなで走り回る。あまり遠くへ行き過ぎると終わるまでに帰って来れない。しかし時間がないので選挙カーは次の場所へ移動。高齢(失礼)のアクティビストは遅れながらも必至で走って帰ってくる。これを10カ所くらい繰り返した。・・・みんな自分の事として動いている。忙しい中、時間を割いて労力と体力を惜しまず本気でアクションしている。凄いなぁ〜

それに引き換え鹿児島市民の、とくに多くの若者の無反応ぶりには呆れてしまった。

昼から天文館という市内繁華街での練り歩き演説では福岡から「ママは原発いりません」のママたちもベビーカーを押しながら応援に駆けつけた。しかし、おなじ世代の子連れのママさんパパさんの多くがなぜかビラを受け取ろうとしない。「これはあなたの子どものためでもあります、どうか受け取って読んでみてください」と言っても知らん顔・・・。

ボクには何か魔法がかかっているとしか思えない。

明日4日は俳優の山本太郎さんが応援に駆けつけるとか♪

どうか若者にかかっている変な魔法を解いてきて下さ〜い!