あなたを抱きしめる日まで

忙しいさなかでしたが、先週久々に熊本市内にいく用事があり、たまたまタイミングが合ったのでDenkikanで見てきました。公開前から見たいと思っていながら、いつのまにか終わってしまって諦めていたところ、アンコール上映というかたちで再開して頂けたのは有り難かったです。

邦題からはちょっと想像のつかない凄まじいテーマを内包した映画です。あらためて主演のジュディ・デンチが今年度のアカデミー主演女優賞を逃してしまった事実を口惜しく思えるほど素晴らしい仕事をされていました。

6月5日のCNNヘッドラインニュースが、この映画の背景を裏付ける恐ろしい事実を公表したばかりだったので、とくにこの映画の鑑賞が感慨深いものとなりました。

しかしながらこの映画で大切なのは、カトリック系修道院という厳格な世界における、かくもおぞましい隠された事実を告発しているという点だけではありません。実際の被害者であるはずの一人の女性が、50年にも及んで隠され続けてきた事実関係を知ったうえで、許しに転じる崇高な精神のありようが、実に謙虚に素朴に描かれている点にあります(これは実話に基づいています)。

少し飛躍しますが、いま真に人類に課せられているのは憎しみや怒りを乗り越えることにあるのではないか、とこの映画によって諭された気がします。もちろん、だからといっておぞましい歴史や現実に蓋をするとか、責任の所在を追求しない、ということではなく、すべてを白日のもとに晒し出した上での話です。

今日の社会が内包する様々な問題に意識を向け、これらの情報に向き合いはじめた多くの魂が陥りがちなのが、怒りや憎しみの感情に翻弄され、玉石混淆の情報の海のなかでその感情の維持に疲れ果ててやがてもっとも安易な無気力・無関心へ、自分を慣らしてしまうことにあります。こうしてついにはニヒリズム(虚無)に陥ってしまっては元も子もありません。虚無に陥ることは愛を失うことと同義であり、それこそ悪魔の思うつぼ。

復讐や怒りに任せた責任追及ではなく、すべては自らの精神性を高める(=愛)ための営みでなくてはならない、そのためにも私たちはおぞましい現実とも向き合わなくてはならない、そんなことをタイムリーに気づかせてくれる映画でした。
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原題の「Philomena」は純潔と殉教の聖女を表し、主人公の名前ともなっていて作品の奥深さを物語っていますが、邦題からはその感覚は残念ながら読み取れません。ベースの文化の違いからそれも仕方ないのでしょうか。

もっとも、この映画が作品として凄いのは、それが宗教的に重厚な感動巨編として描かれているのではなく、さらりとしたコメディ映画として描かれている点にあります。しかも台詞の端々に鋭い社会批判と深いメッセージが込められています。

そういう意味では、これはDVDで持って何度も観たい映画です。いろいろなテーマがちりばめられていて、観るタイミングでいろいろな気づきが生じる、そんなタイプの作品です。

熊本Denkikanで20日まで、13時10分からの一回の上映のみです。

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「マグダレンの祈り」
http://matome.naver.jp/odai/2136008460559764201

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