語り合いたいから・・・あめのゆみダンギドコロ 2月3日OPEN♪

こんどの日曜日(1月18日)はお忙しいですか?

この日は14時から玉名市内の高瀬蔵でドキュメンタリーの上映会を開催します。

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世界的なエコロジーの思想家が現代の日本人に「大地」「精神」「社会」についてシンプルに問いかけ、幸せに生きることの根本について、深い気づきを促していく作品となっています。さらにこの作品が重要なのは、観賞後に参加者が互いに語り合い、意見交換することを想定して作られていることにあります。

ただ観ておしまいではなく、そこで感じたことを自分なりの言葉で伝え、あるいは他の人の気づきをシェアしてもらうことでさらに新たな気づきが得られる・・・こうして、ひとつの情報であったものが、あなた自身の生きた行動へのスイッチとしてリアルに機能し始める・・・そんなスリリングな体験を誘う素敵な作品です。

いま私たちに必要なのは、このように実際に顔を突き合わせて、あるテーマに基づいて“互いを深め合うために”語り合う、経験の積み重ねだと思います。このような機会や場が、社会や日常のなかにどれだけあるでしょう?

もはや日本が民主主義国家ではないことは明らかです。しかしだからといって政治やマスコミや教育等を批判しているだけでは何も動きません。

一人一人がゆとりを作って時間を共有し、顔を突き合わせ、相手を思いやりながら、しっかりと話を掘り下げていくこと。これこそが民主主義の原点であり、私たちがいますぐ始められることです。この手続きなしにはいつまで経っても私たちの社会は豊かにならないでしょう。

私はできるだけ多くの、いろいろな人と、実際にお会いしてじっくり話し合いたいと思っています。そして共に深め合い、高め合いたい。そして独りでは解消できなかった問題を解決しうる課題へと変容させ、解決へと向き合っていきたい。ですからそのような場を、手作りですが心を込めていま準備しています。

今回の「サティシュ・クマール 今、ここにある未来」の上映イベントはその第一歩です。

気になった方はどうか“時間がない”と言わずになんとか時間をすり合わせてこの機会にご来場下さい。お待ちしております♪

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頭が下がりました。でも、農と地域の未来は果てしなく明るい!

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一気に読んでしまった。

といっても決して読み飛ばしたわけではなく、

著者の思いと経験を綴った謙虚な文章を追うごとに、自らの反省と内省を繰り返しつつ、幼少期の記憶、未来への思い、忘れていた感覚、奮い立つ魂、等々・・・もう、意識がぐるんぐるんしながら、でもハートがほっこり灯されて温かい気持ちを維持しながら、そして著者の小島希世子さんには頭が下がりっぱなしのまま、一気に読んでしまった。

彼女の思いと行動と言葉の一致が心地よく、またその文章が純粋で透明であるがゆえに、言葉を追うごとに自らの思いや記憶があぶり出され、積極的な反省をうながされ、思いを新たに、勇気が湧き上がり、未来が輝いて見えてくる・・・凄いですよ、この本の力。

いま、社会の行方に不安や不信感を募らせ、このままではマズい、なんとか自立して、未来へ向かって歩きはじめなければ、と焦りを感じている人々は増えているのではないでしょうか。あるいはすでに歩きはじめたものの、様々な問題につまづいて立ち往生している人、あるいはすっかり気力を失って座り込んでしまっている人・・・そんな人々(自分も含めてますが 汗)にとにかく読んで欲しい一冊です。

タイトルからも連想されるように、この本にはいわゆるホームレスの人々(ニートや生活保護受給者も)に農体験を奨励し、心身ともにスキルアップを促すことで社会性を回復させ、後継者不足で伸び悩む農村への就農を橋渡ししていく活動の記録が主軸に描かれています。そして次々と立ち塞がる困難とまっすぐに向き合っていく著者の素直で真摯な眼差しを通して、今日の社会問題の深層が、実は自分にも根を張っていること、それゆえ、自分自身と向き合っていくことが社会問題解決の糸口であることが、決して机上論ではなく、直観的な理解として気づかされます(というか、ボクは自分自身がここで語られているニートと同じではないか、と改めて気づきました 苦笑)。

ここで重要なのは自分と向き合うことの有効なツールとして農作業が語られていること。ボク自身もそうですが、このことに共感できる人が近年確実に増えつつあることはとても心強いです。とくに3.11を機にエネルギー問題への反省から自然回帰の流れが起こり、都心部から地方農村への移住者も増え(ボクもそのひとり)、いわゆるプロフェッショナルな農家でなくとも、農的な生活と繋がりはじめる人々が増えはじめているのは紛れもない事実。そしてその多くが食に対する高い意識をもって、無農薬・無肥料の作物づくりに励んでいる・・・あるいは、まだ実現していなくとも都会よりも地方へと、その憧憬を募らせている若者が増えはじめている・・・

このような背景を鑑みても、この著書で簡潔にまとめられているプロジェクト構想が、現代社会の暗雲に輝ける宝石として、関わる人々の心を照らし出すであろうことは間違いありません。できるだけ多くの闘う魂に彼女の本を読んで頂き、その愛ある共感を通して、これまでそれぞれの地で個別に動いていた人々の活動に強い連帯が生まれたら、と切に願います。

彼女が熊本出身であることも嬉しい♪

熊本で農的な生活をすでに始めている皆さんにも、ぜひ!!
ホームレス農園: 命をつなぐ「農」を作る! 若き女性起業家の挑戦

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川内原発再稼働? だったらこれを見よ!

「3月11日に起こったことはこれから日本が遭遇するかもしれないことの前兆に過ぎないことがわかってきた。そしてその危険を理解するには過去を理解することが必要だ」・・・

こんな冒頭のナレーションで始まるドイツ製作のTVキュメンタリーが、2年前のYouTube公開当時話題になったのは記憶に新しい。けれどシナリオ通りに進んでいく川内原発の再稼働を前に、この動画を改めて見直すと、この国の政策はまったく反省も責任も無く同じ過ちに向けて突き進んでいることが、いよいよ腹立たしい。

桜島も阿蘇もすでに怒っているんだよ。

これから日本が遭遇するかもしれないこと・・・しっかり想像しなきゃ!

ぜひ未見の方々にもシェアしたいものです。

管直人元首相のインタビューもすごいこと言ってますよ。

 

第二部(日本語字幕)も

 

 

今日は友人の50歳の誕生日♪ 

久々のブログになりますね(汗)

もう、本当に次から次へと世の中で横行する狂気に辟易してしまい、ブログのログイン画面にアクセスする気も起きませんでした。

今年は夏日がほとんどありませんでしたね〜 ところが9月2日の今晩はなんとも熱帯夜な蒸し暑さ。

天候までも秩序を失ってしまっているのは本当に天が怒っている証拠ですね。

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それでもすでに鈴虫が鳴きはじめている今宵は大切な友人の誕生日。本人は国外在住ですので、彼の好きなボルドーワインを妻と二人で頂き、祝いました♪ 

東京に住んでいた頃は日常的に飲んでいたワインも、もはや超贅沢品! 熊本に住みはじめてからは特別な日以外は飲まなくなりました(他のアルコール類も月に一度の地域の寄り合いで付き合い程度に頂くだけ)。

早生まれのボクは来年の2月でなんと50歳(恐)!

46歳のときに東京を出たことを思うと、時が流れるのが恐ろしいくらいに速い気がします。

そう思うとうかうかしてられません。

気を引き締める為にも、日常の暮らしの積み重ねと思いを少しでもこのブログを通して発信していかなくては、と改めて意識する次第。

これからもよろしくお願いします!

 

 

 

 

 

 

 

 

 

あなたを抱きしめる日まで

忙しいさなかでしたが、先週久々に熊本市内にいく用事があり、たまたまタイミングが合ったのでDenkikanで見てきました。公開前から見たいと思っていながら、いつのまにか終わってしまって諦めていたところ、アンコール上映というかたちで再開して頂けたのは有り難かったです。

邦題からはちょっと想像のつかない凄まじいテーマを内包した映画です。あらためて主演のジュディ・デンチが今年度のアカデミー主演女優賞を逃してしまった事実を口惜しく思えるほど素晴らしい仕事をされていました。

6月5日のCNNヘッドラインニュースが、この映画の背景を裏付ける恐ろしい事実を公表したばかりだったので、とくにこの映画の鑑賞が感慨深いものとなりました。

しかしながらこの映画で大切なのは、カトリック系修道院という厳格な世界における、かくもおぞましい隠された事実を告発しているという点だけではありません。実際の被害者であるはずの一人の女性が、50年にも及んで隠され続けてきた事実関係を知ったうえで、許しに転じる崇高な精神のありようが、実に謙虚に素朴に描かれている点にあります(これは実話に基づいています)。

少し飛躍しますが、いま真に人類に課せられているのは憎しみや怒りを乗り越えることにあるのではないか、とこの映画によって諭された気がします。もちろん、だからといっておぞましい歴史や現実に蓋をするとか、責任の所在を追求しない、ということではなく、すべてを白日のもとに晒し出した上での話です。

今日の社会が内包する様々な問題に意識を向け、これらの情報に向き合いはじめた多くの魂が陥りがちなのが、怒りや憎しみの感情に翻弄され、玉石混淆の情報の海のなかでその感情の維持に疲れ果ててやがてもっとも安易な無気力・無関心へ、自分を慣らしてしまうことにあります。こうしてついにはニヒリズム(虚無)に陥ってしまっては元も子もありません。虚無に陥ることは愛を失うことと同義であり、それこそ悪魔の思うつぼ。

復讐や怒りに任せた責任追及ではなく、すべては自らの精神性を高める(=愛)ための営みでなくてはならない、そのためにも私たちはおぞましい現実とも向き合わなくてはならない、そんなことをタイムリーに気づかせてくれる映画でした。
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原題の「Philomena」は純潔と殉教の聖女を表し、主人公の名前ともなっていて作品の奥深さを物語っていますが、邦題からはその感覚は残念ながら読み取れません。ベースの文化の違いからそれも仕方ないのでしょうか。

もっとも、この映画が作品として凄いのは、それが宗教的に重厚な感動巨編として描かれているのではなく、さらりとしたコメディ映画として描かれている点にあります。しかも台詞の端々に鋭い社会批判と深いメッセージが込められています。

そういう意味では、これはDVDで持って何度も観たい映画です。いろいろなテーマがちりばめられていて、観るタイミングでいろいろな気づきが生じる、そんなタイプの作品です。

熊本Denkikanで20日まで、13時10分からの一回の上映のみです。

関連映画
「マグダレンの祈り」
http://matome.naver.jp/odai/2136008460559764201

憲法記念日に憲法カフェ スタート♪

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あまりにも天気がよかったので、予定していた街中の高瀬カフェでの開催を変更して、青空の下の田んぼカフェで、心地よい風に吹かれながら開催しました。毎度のことながら、二日前という急な思いつきにもかかわらず、7名が集まり、ちょっと特殊なアプローチで憲法について考えました。

第一回はなんといっても憲法前文です♪

これは一般的にわかりずらい文章とされ、実際に様々な私訳(現代的表記)が今日までに試みられてきました。確かにそうしたものを読んでみると、内容自体はわかりやすくなっているのですが、何かが根本的に抜け落ちている、といわざるをえません。それは原文の文章としての構造を解きほぐし、わかりやすく編集し直して、ようするにすべてを「意味」に還元して再構成していることからくる違和感なのでしょう。

私見では、憲法前文の醍醐味は音読にあります。耳で聞くことで意味を超えた特別な何かが、意識にスイッチを入れてくれる、そんな感覚があるのです。簡単にいえば、それは祈りの言葉であり、神道でいう祝詞(のりと)のような神聖をおびているような気がするのです。

もっとも、今回参加いただいた弁護士のS氏のいう「憲法前文はとても人間臭さがあって、天皇を神とみなした過ちを徹底的に反省し、未来永劫二度と戦争を起こさせないための人間としての決意がひしひしと伝わってくる」という感覚も十分正しい見解だと感じます。

ここで大切なのは、当時の戦争ですべてを失った日本人が、丸裸の状態で世界に信頼をおき、一切の武力を否定することで、世界平和に臨むという、世界から見たら離れ業ともいえる精神性で日本国憲法を問うたことにあります。その経緯に確かにマッカーサー草案というものがありますが、だからといってこれが押しつけだからいけない、という性急な今日的都合による論理性を語るのではなく、むしろそれを受け入れた当時の思い、反省の深さ、未来への誓い、そして祈りをしっかりと感じ直す必要があるのです。すると、むしろこの人間くささが実は深い神性をおびていることを感じてきます。

そんなわけで、ここでぜひ提案させて頂きたいのは「毎朝一回、憲法前文を声に出して読む」という習慣を身につける、ということです。先人の深い決意が細胞を奮い立たせ、意識がすっきりし、清らかな気持ちで一日をスタートできること請け合いです♪

先ずはお試しあれ!

日本国憲法前文

日本国民は、正当に選挙された国会における代表者を通じて行動し、われらとわれらの子孫のために、諸国民との協和による成果と、わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保し、政府の行為によって再び戦争の惨禍が起ることのないようにすることを決意し、ここに主権が国民に存することを宣言し、この憲法を確定する。そもそも国政は、国民の厳粛な信託によるものであって、その権威は国民に由来し、その権力は国民の代表者がこれを行使し、その福利は国民がこれを享受する。これは人類普遍の原理であり、この憲法は、かかる原理に基づくものである。われらは、これに反する一切の憲法、法令及び詔勅を排除する。

日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであって、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。われらは、平和を維持し、専制と隷従、圧迫と偏狭を地上から永遠に除去しようと努めている国際社会において、名誉ある地位を占めたいと思ふ。われらは、全世界の国民が、ひとしく恐怖と欠乏から免れ、平和のうちに生存する権利を有することを確認する。

われらは、いずれの国家も、自国のことのみに専念して他国を無視してはならないのであって、政治道徳の法則は、普遍的なものであり、この法則に従ふことは、自国の主権を維持し、他国と対等関係に立とうとする各国の責務であると信ずる。

日本国民は、国家の名誉にかけ、全力をあげてこの崇高な理想と目的を達成することを誓ふ。